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氷山モデルは、どこから来たのか

フロイト、人類学、人事、組織文化——氷山の絵は何度も別々の場所で描き直されてきました。そして描き直されるたびに、二層に潰されてきました。

研修の資料でも、自己啓発書でも、経営書でも、同じ絵が出てきます。海面に小さく出た三角と、その下の大きな塊。上に「行動」「成果」、下に「価値観」「信念」。あまりに見慣れているので、誰か一人が考えたものだろうと思いがちですが、実際には別々の分野で少なくとも四回、独立に描かれています。そして毎回、少しずつ違うものを指しています。

心の氷山

もっとも広く知られているのは、フロイトの意識・前意識・無意識の区分を氷山として描いたものでしょう。ただし、これはフロイト自身が描いた図ではありません。彼の地形論的な三区分に、後世の教科書や解説書が氷山の絵を貼りつけて広めたものです。出所を辿ると、多くの場合フロイトの原著には行き着かず、二十世紀半ば以降の紹介書に行き着きます。

この経緯は、絵の性質をよく表しています。氷山の図は、説明されている理論そのものより流通しやすい。図だけが独り歩きするので、元の理論の細かい構造は落ち、上下の二層だけが残ります。

文化の氷山

人類学の側では、Edward T. Hall の一九七六年の "Beyond Culture" が、文化の大部分は明示されずに働いているという議論を展開しました。挨拶の作法や服装のような見える部分の下に、時間の扱い方、距離の取り方、何を暗黙の前提として話すかといった、当人には意識されない層がある。異文化研修で使われる「文化の氷山」は、ここから来ています。

この用法では、水面は「本人にとって自明すぎて言語化されていない」という線を引いています。隠されているのではなく、当たり前すぎて見えない。心の氷山とは、水面の意味がすでに違います。

人事のコンピテンシー氷山

一九七〇年代以降、McClelland の仕事を経由して、人事の分野に別の氷山が現れます。上に知識と技能——採用時に確認でき、訓練でも変えやすいもの。下に動機、自己像、特性——確認しにくく、訓練では変えにくいもの。この図の主張は「見えないものが大きい」だけでなく、「見えない部分ほど動かしにくい」という含みを持っています。

ここでも水面の意味が変わっています。可視性の線であると同時に、可変性の線になっている。

組織文化の三層

Schein は組織文化を三つの水準で記述しました。人工物——オフィスの様子、儀式、話し方のように観察できるもの。標榜される価値——会社が自分たちについて言っていること。基本的仮定——誰も議論しないほど当たり前になっている前提。ここで重要なのは、Schein 自身はこれを「層」として書いていて、氷山として描いていないことです。氷山の絵に変換したのは、後の教材や研修資料です。

この変換は無害ではありません。三つの水準のうち真ん中——標榜される価値——は、公言されているという意味では見えているのに、実際の行動と一致しているとは限らない、という微妙な位置にあります。二層の氷山に押し込むと、この微妙さは消えます。

「九割は水面下」という数字

この絵に必ず付いてくる数字があります。氷山は九割が水面下にある、というものです。物理としては正しい。氷と海水の密度比から、体積のおよそ一割が水面上に出ます。ただし形状によって見た目の比率は変わりますし、そもそも海の上に浮かぶ氷の話です。

人間に当てはめたとき、この数字は装飾以外の何物でもありません。人生の九割が見えていない、と誰かが測ったわけではありません。測る単位すら定義されていない。この数字が引用され続けているのは、正確だからではなく、物理の数字が借りてきた権威を持っているからです。比率としてではなく「見えている部分は思っているより小さい」という主張として読むなら、それは主張として評価すればよく、小数点は要りません。

二層に潰すことの代償

四つの氷山に共通するのは、二層に描かれることです。上に見えるもの、下に隠れたもの。この単純さが普及の理由でもあります。

ただし、この単純化は具体的な情報を捨てます。二層の絵は、隠れている部分が一つの塊であるかのように示唆します。実際には、隠れている側には構造があり、しかも部分ごとに性質がまったく違います。生まれた場所は動きませんが、誰と話しているかは今週変えられます。判断の既定値は動きますが遅く、業界の景気の巡りはあなたの意思とほぼ無関係に動きます。これらを一つの「見えない部分」として扱うと、「見えない部分に取り組もう」という以上のことが言えなくなります。それは助言として、ほとんど何も言っていません。

Waterline が八層で描いて、水面の上に一層だけを置いているのは、この点に対する具体的な選択です。分ける数が正しいと主張するものではありません。ただ、二つより多くの帯があると、どの帯が薄いのかという問いが立てられるようになり、その問いは「見えない部分」という一語では立てられません。

よくある質問

氷山モデルはフロイトが作ったのですか。

意識・前意識・無意識という三区分はフロイトのものですが、それを氷山として図示したのは彼自身ではありません。後世の教科書や解説書が付け加えた図で、そちらのほうが広く流通しました。

文化の氷山は誰の議論ですか。

人類学者 Edward T. Hall の一九七六年の "Beyond Culture" が代表的な出典として挙げられます。挨拶や服装のような見える部分の下に、時間や距離の扱いのような当人に意識されていない層がある、という議論です。

Schein の三層は氷山と同じものですか。

内容は近いのですが、Schein 自身は人工物・標榜される価値・基本的仮定という三つの水準として書いており、氷山の絵にしたのは後の研修資料です。二層に押し込むと、公言されているのに実際とは一致しないことがある「標榜される価値」の微妙な位置が消えます。

氷山の九割が水面下というのは本当ですか。

氷については本当で、氷と海水の密度比から来ています。人間に当てはめた場合は装飾です。人生の何割が見えていないかを測った人はいませんし、測る単位も定義されていません。

自分の八層を見てみる

Waterline は一人の人生を氷山として描きます。水面の上に能力と目に見える成果、その下に七つの層。各項目はいちばん近い段を選ぶだけで、返ってくるのは判定ではなく形です。無料、アカウント不要、通信は一度も発生しません。書いたものは端末の中に残ります。

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